随筆の最近のブログ記事

ぽんこつ脳

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何を考えてこの絵を描いたのか?とか、どんな気持ちを表しているのか?とか聞かれることが多いけれども、ほとんどの場合、何も考えていないし、何も表そうと思っていない。です。
ふと浮かんだイメージを絵にしているだけで、メッセージもコンセプトもありはしない。ぼくは脳の燃費がすごく悪いので、5分真面目に考えるとお腹が空いて、食べたら眠ってしまう。だから考えれば考えるほど、絵にならない。

時間軸の刻みは脳の回転数によって決まると思う。
僕の燃費の悪い脳は、少し使うとすぐ情けない音を立てて低速回転に移行する。
他人と道ですれ違うのが苦手なのは、きっと多数派の人たちと時間の流れが違うからですごめんなさい。

今日は知久寿焼さんのライブへ行くんだ。いいだろ。

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たぶんこの世には
幸せを求める権利を奪われた人と
幸せを求める義務を課せられた人の
2種類がいる

朝起きて小便をして
汗をかきながら焼きそばなんか喰らっていると
なんだかんだ うまれて よかったなあとおもう




今日の中毒動画

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今日もご飯を食べた。
高齢の夫婦が営む定食屋でデミハンバーグ定食を食べた。
ちょっとおばあちゃんの匂いがした。

食せねば生きられぬ人の悲しみよ云々と、嘯きたくなることもあるがしかし本来悲しいのは食べるという行為そのものであって、食べねばならんという事実ではない。

ああ、おいしかった。悲しいけど。


はじめてデザインフェスタに行った。
自己主張の大バーゲン、息苦しくも、楽しい空間だった。

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中傷の材料を探すための目玉なら刳り抜いてしまえばいい。
最後には脳みそをぶちまけて絶えるほど、誠実なひとでありたいと思う。

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焦りが爆発しそうだ。というかしている、現時点で。どかん。
光陰は弾丸のごとく進行し、未だ加速を続けているのである。びゅん。

最近のお気に入りは、安永知澄とviridian(せっきーありがとう!)。

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例えば飲み会、懇親会、コンパといった複数の人間が寄り集まってアルコールを摂取しながら談話・談笑により親睦を深めるというような場面で、周りの人、特に上司・先輩など目上の人のグラスが空になっていた場合、即座に「ささ、どうぞ」なんつってアルコール飲料を注ぐ、そういった心遣い、僕は大好きです。
ただし、そういった場面に出くわしながらアルコール飲料を注がない人に対する非難・中傷の類、これは公衆便所にたかる蛆・蠅と同等くらいに嫌いです。
本来、思いやりの心、高尚な精神の為せる業として賞賛されるべき行動が、為されて当然、これを怠る物は屑以下であり死すべし、といった風潮は、せっかくの美挙を「ああ、○×氏のグラスが空になっておられる、一刻も早く注がなければ怒られる嫌われるあわわ」という、負の感情から生まれる行動とまぜこぜにしてしまい、やがて、愛ある行動がすべてルール化によって埋没してしまうのではないかと感ぜられ、残念でならない。

夜中、ある若い女性が、最終電車に乗り損ねたのであろうか、ボーイフレンドに電話をし、自動車で迎えにきてほしい旨を伝えたところ、恐らく"わかった、1時間程待ってくれ"との返答。それに対し女性が「はぁ〜??1時間???ふざけんなよー、ひからびるっつぅのー、ったく使えねぇーなぁー、あ、ついでにコンビニでハーゲンダッツ買ってきて」などと罵詈雑言を浴びせている場面を見て、僕は、踏みつぶしてやりたいと思った。

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23年間昏睡状態であった男性「ずっと意識があった」 | IBTimes(アイビータイムズ)

「ジョニーは戦場へ行った」という小説がある。
戦場で負傷し、目、鼻、口、耳を失い、両腕両脚を切断された青年のお話である。第2次世界大戦が勃発した1939年に発表された所謂「反戦小説」である。
戦争反対。戦争というのはこんなに悲しく、愚かな事であるからやめなさいという訳だけれども、著者が戦争の愚かさを伝えるためにとった手法が恐ろしい。即ち、全編が主人公ジョーの意識と回想によって語られるのである。
つまり読者は外界との接点をことごとく奪われた永遠の闇をジョーとともに彷徨う事を強いられることになり、それは僕に夜中にお手洗いに行けなくなる類いの物とは違う、もっと根源的な恐怖を与えたのである。
例えば僕は「死」が怖い。死んだ後のことは、極楽浄土、輪廻転生、墓場で運動会といった概念を除き、少なくとも僕には微塵ばかりも想像ができない。だって自分が終わった後なんだから。想像は出来ず、しかし必ず訪れるというところに漠然とした恐怖がある。一方、ジョーの無限地獄が与えるものは、きわめて死に近いところにありながら、想像可能な恐怖であった。
はじめてこの本を読んだとき(著者自身が監督した映画版の方を先に見たが、ジョーの周囲の様子が映像で表れるという点で趣が違う)僕は恐ろしさのあまり一人で発声練習をしたり部屋の片隅を這う謎の虫を愛でたりしていたが、まさか、23年間もほぼ同じ状況の人が実在したとは。
目や耳は機能していたのだろうか、詳しい事は分からないが、まさに無限地獄だったろうと思う。

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貞操観念の希薄さをスキルか何かと勘違いして下らない経験を勲章のようにぶら下げている人たちはうんこが服を着ているようなものなのでひっそりと静かに暮らしていれば良いが、その悪臭漂う勲章を誇示し、静かに生きる人々に対し自分の方が優れているとでも言いたげに見下した態度をとる人は、精々貞心を笑い、腹がよじれて死になさい。

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親しい友人に嫌われたり、殴り合いの喧嘩をする夢ばかり見る。殴り合いなどしたこともないのに。
夢にもいろんなパターンがあるけれども(フロイトの夢判断やら云々ではなく、勝手な解釈で。)、この「恐れていること」シリーズは特に多い気がする。
現実に起ったときに狼狽えないための予行演習だろうか。

今日新しく知った諺。非常に悲しい言葉。
「栴檀は双葉より芳し」

ちくしょう。


俺はあなたが愛おしい糞まみれにしてくれ

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眠れない

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生きる為に生きる感覚を持たない暇な僕等は、怒りや悲しみを楽しむ傾向がある様に思う。

"もっと俺を嫌がらせろ!傷つけろ!殴って嬲って捻り曲げろ!うけけ!"

被害者の正義を旭日旗の如く掲げ、思う存分遺憾なく感情を爆発若しくは垂れ流し、至上のエンターテインメント。万歳三唱。

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プロフィール

             

平田澱
Hirata Yodom

妄想絵描き。
旧名「堕澱」
好きな物は氷砂糖。
欲しい物は人体模型。

作品集

活動予定

個展がやりたい。

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