随筆の最近のブログ記事

たぶんこの世には
幸せを求める権利を奪われた人と
幸せを求める義務を課せられた人の
2種類がいる

朝起きて小便をして
汗をかきながら焼きそばなんか喰らっていると
なんだかんだ うまれて よかったなあとおもう




今日の中毒動画

今日もご飯を食べた。
高齢の夫婦が営む定食屋でデミハンバーグ定食を食べた。
ちょっとおばあちゃんの匂いがした。

食せねば生きられぬ人の悲しみよ云々と、嘯きたくなることもあるがしかし本来悲しいのは食べるという行為そのものであって、食べねばならんという事実ではない。

ああ、おいしかった。悲しいけど。


はじめてデザインフェスタに行った。
自己主張の大バーゲン、息苦しくも、楽しい空間だった。

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中傷の材料を探すための目玉なら刳り抜いてしまえばいい。
最後には脳みそをぶちまけて絶えるほど、誠実なひとでありたいと思う。


焦りが爆発しそうだ。というかしている、現時点で。どかん。
光陰は弾丸のごとく進行し、未だ加速を続けているのである。びゅん。

最近のお気に入りは、安永知澄とviridian(せっきーありがとう!)。

例えば飲み会、懇親会、コンパといった複数の人間が寄り集まってアルコールを摂取しながら談話・談笑により親睦を深めるというような場面で、周りの人、特に上司・先輩など目上の人のグラスが空になっていた場合、即座に「ささ、どうぞ」なんつってアルコール飲料を注ぐ、そういった心遣い、僕は大好きです。
ただし、そういった場面に出くわしながらアルコール飲料を注がない人に対する非難・中傷の類、これは公衆便所にたかる蛆・蠅と同等くらいに嫌いです。
本来、思いやりの心、高尚な精神の為せる業として賞賛されるべき行動が、為されて当然、これを怠る物は屑以下であり死すべし、といった風潮は、せっかくの美挙を「ああ、○×氏のグラスが空になっておられる、一刻も早く注がなければ怒られる嫌われるあわわ」という、負の感情から生まれる行動とまぜこぜにしてしまい、やがて、愛ある行動がすべてルール化によって埋没してしまうのではないかと感ぜられ、残念でならない。

夜中、ある若い女性が、最終電車に乗り損ねたのであろうか、ボーイフレンドに電話をし、自動車で迎えにきてほしい旨を伝えたところ、恐らく"わかった、1時間程待ってくれ"との返答。それに対し女性が「はぁ〜??1時間???ふざけんなよー、ひからびるっつぅのー、ったく使えねぇーなぁー、あ、ついでにコンビニでハーゲンダッツ買ってきて」などと罵詈雑言を浴びせている場面を見て、僕は、踏みつぶしてやりたいと思った。

23年間昏睡状態であった男性「ずっと意識があった」 | IBTimes(アイビータイムズ)

「ジョニーは戦場へ行った」という小説がある。
戦場で負傷し、目、鼻、口、耳を失い、両腕両脚を切断された青年のお話である。第2次世界大戦が勃発した1939年に発表された所謂「反戦小説」である。
戦争反対。戦争というのはこんなに悲しく、愚かな事であるからやめなさいという訳だけれども、著者が戦争の愚かさを伝えるためにとった手法が恐ろしい。即ち、全編が主人公ジョーの意識と回想によって語られるのである。
つまり読者は外界との接点をことごとく奪われた永遠の闇をジョーとともに彷徨う事を強いられることになり、それは僕に夜中にお手洗いに行けなくなる類いの物とは違う、もっと根源的な恐怖を与えたのである。
例えば僕は「死」が怖い。死んだ後のことは、極楽浄土、輪廻転生、墓場で運動会といった概念を除き、少なくとも僕には微塵ばかりも想像ができない。だって自分が終わった後なんだから。想像は出来ず、しかし必ず訪れるというところに漠然とした恐怖がある。一方、ジョーの無限地獄が与えるものは、きわめて死に近いところにありながら、想像可能な恐怖であった。
はじめてこの本を読んだとき(著者自身が監督した映画版の方を先に見たが、ジョーの周囲の様子が映像で表れるという点で趣が違う)僕は恐ろしさのあまり一人で発声練習をしたり部屋の片隅を這う謎の虫を愛でたりしていたが、まさか、23年間もほぼ同じ状況の人が実在したとは。
目や耳は機能していたのだろうか、詳しい事は分からないが、まさに無限地獄だったろうと思う。

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貞操観念の希薄さをスキルか何かと勘違いして下らない経験を勲章のようにぶら下げている人たちはうんこが服を着ているようなものなのでひっそりと静かに暮らしていれば良いが、その悪臭漂う勲章を誇示し、静かに生きる人々に対し自分の方が優れているとでも言いたげに見下した態度をとる人は、精々貞心を笑い、腹がよじれて死になさい。

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親しい友人に嫌われたり、殴り合いの喧嘩をする夢ばかり見る。殴り合いなどしたこともないのに。
夢にもいろんなパターンがあるけれども(フロイトの夢判断やら云々ではなく、勝手な解釈で。)、この「恐れていること」シリーズは特に多い気がする。
現実に起ったときに狼狽えないための予行演習だろうか。

今日新しく知った諺。非常に悲しい言葉。
「栴檀は双葉より芳し」

ちくしょう。


俺はあなたが愛おしい糞まみれにしてくれ

眠れない

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生きる為に生きる感覚を持たない暇な僕等は、怒りや悲しみを楽しむ傾向がある様に思う。

"もっと俺を嫌がらせろ!傷つけろ!殴って嬲って捻り曲げろ!うけけ!"

被害者の正義を旭日旗の如く掲げ、思う存分遺憾なく感情を爆発若しくは垂れ流し、至上のエンターテインメント。万歳三唱。

何となく上手く生きていく為に、僕が努力して来たことのほとんどが結局は「相手の目を見てしゃべりましょう」に行き着くことに気づき、そして尚、小学校低学年で先生に教わるこのルールが、未だに達成できないでいる。
目の前にいる人の目を数秒見つめている間に「ごめんなさい」という気持ちがわくのは僕自身の嫌悪の表出かも知れず、それは悲しい事であり、ベランダでは蝉が踊り狂い、わっしょい人間。

眠れん


なんだかテンションがあがって来た。ぷふー
多賀新全作品集をついにヤフオクで落札したのです。
届くのが楽しみすぎる。他の滲み酢斬る。

最近人と話していてよく「怒ってるの?」と聞かれる。
数年前までそんな事はまず言われなかったのに。
きっとヴェールの目が粗くなって、関係を煩わしがる僕の性質がにじみ出ているのだろう。
こんにちは世界。
悪ではないけれども好ましくないなあ。人間だし。
螺子を締めずとも手は痺れるし、足の指は鳴る。
あ、でもひとつだけ言っておくと、別に怒ってないです。

今日はカラオケでスローバラードを歌いました。おわり

なんだっけなぁ

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相対と絶対を勘違いすることは、危険な割によくあることだなあと、絵を描きながら思った。
江戸川乱歩の「蟲」をモチーフに作品造り中。
日本的なエロい眼が描ける様になりたい。

憧れる対象が同い年だったり年下だったりが珍しくなくなってきた。
みんな素敵な行き方をしとられるよ。うん
ぼくはこれでいんだろかしら。

母檸檬かっこいい。

あうあー

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それは、限りなく死刑宣告に近い言葉
僕は生きたいのです生きたいのですよ

ああー、”親切”ってすごく程度の高い娯楽かも

ふつう

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ああ僕はなんてなんてつまらない人間なんだ
凡人であることを肯定して生きていける程強くないんだよ

必要とされない人間はいくらでもいるけれども,
他人に影響を与えない人はいないでしょう

たとえば僕が死んだら

想像するのはすごく怖い
想像すること自体意味がないというところが怖い

想像した時点で,今僕が死んだ世界がどこかに生まれるんだろうか
「世界」の定義次第では確実にそれは存在するのだけれど

僕が死んだら僕はいない
いないって何だw意味わからん

最後の手段
全て殺してしまうか、自分の首をくくるか
目を瞑って生きるもいい
耳を塞いで眠るもいい

価値がないってのは縛りが無いってことなんだな。
そう考えると世界はもっと楽しくなるんだけどな。

飯事飯事飯事飯事飯事飯事飯事飯事飯事飯事飯事飯事飯事飯事

そんな僕も所詮価値の奴隷なのだけれど。
存在しないものの奴隷なのです。おかしいね

それでも、主人公は僕だ。
ざまあみろ、世界。

笑う才能

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最近なんだかむしょうに暴れたい衝動に駆られる
なんだろうこれは
バックホーン好きすぎる

所詮このーいのちーー意味などーーーなーーいーーーーーーー


明日はミドリのライブだ
思う存分暴れてこよう

きっとあれだ。
夜寝るときに見る夢の一つ一つ。
もしくは、ハナクソとあんまり変わんないもの。

キレーはキタナイ
キタナイはキレー

僕の好きなものは君の嫌いなもの

否定が楽しくてしょうがないなぁもう

お腹がすいたよ

最近1日が48時間だ。
別に往年のエディ・マーフィのような毎日を送っているわけではない。(例えが分かりにくすぎ)

僕は普段1日にだいたい6〜7時間寝るのだけれど、色々やる事が多くなって徹夜で頑張ったりすると、次の日には結局12時間近く寝てしまう。
同じ時間寝るなら毎日寝た方がいいに決まっている。
誰が決めたかは知らないが決まっているのだ、多分。

ちょうど今がそんな状況で、これを描いている今もまさに徹夜明けの朝8時。
今日は昼から少年王者館「シフォン」の再公演を見に行くので、このまま起きているつもりだ。
楽しみな事があれば眠さも我慢できるものだ。

いやこんな事を書きたいのではない。
1日が48時間なのだ。
「1日が48時間あったらなー」という声をたまに耳にする。
僕はそんな彼らの願望を達成したのだ。
どうだみたか。

しかし達成感は無い。決して。
彼らの願望は、そもそもきっと「1日の時間が長ければ得だ」と言う前提の元に生まれたものだろう。
果たして48時間ある1日は得だろうか。
周りの人々が「1日」を2回も楽しんでいる間、僕の1日は1回しか訪れない。
本来60年生きるはずだったとして、30歳で生涯を終える事になる。
そもそも僕はまだ11歳だ。
いや、生まれてからずっと徹夜ばかりしていた訳ではないが。

とにかく、1日は24時間でいいし、毎日寝る方がいいに決まっているのだ。
だからどうだと言う話だけれども。
王者館楽しみ。

ちょっと辛いことや面倒なことがあるとすぐ現実逃避してしまうのは僕の悪い癖だけれど僕は僕のそんなところが嫌いじゃなくてもう救いようが無いのだけれどとにかく僕は僕が好きだ。
でもこの世で一番嫌いな人間はと聞かれたら僕は僕と答えざるを得ない。
今は目を瞑っている。


何度目か分からないけれど、ワールドイズマインを読み直している。

「世に棲む生きとし生けるものすべてが、自由に、平和に平等に、美しく明るく楽しく暮らせる、幸福と善意と優しさと愛に満ちた…世界を…要求する!!」

これと「殺し屋1」が同時に連載してたんだってね。すげえ
当時のヤングサンデーをリアルタイムで読んでいたかった。

カロリーオフ

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少年王者館の「シフォン」が愛知で再演される
でも卒論の締め切り前日・・・チケット買う勇気がない><

INFOCUS Exhibition で僕の作品を見てくれた人から,「変わった絵ですね」といったような内容の感想を頂いた。

僕の作品はよく「変な絵」という評価を受ける。そして僕はそれがすごく嬉しいのだけれど、僕という人間自身はこれでもかというくらい普通の日本人だ。
僕は「変な人ですね」と言われたい。「普通の人ですね」と言われるのは堪え難いものである。

しかし自分から変になろうとして変な振る舞いをする人ほどつまらないものは無い。
いや、そういう人にもすばらしい人はいるけど本当に一握りだと思う。
いつか自然と「変な人」になれたらいいな。

友人と思い出話をする機会がよくあるけど、その内容を忘れてしまっている事がたまにある。
楽しかった事を忘れてしまうのはすごく悲しい。
辛かった事を忘れてしまうのはなんだか悔しい。

たとえ覚えていても、過去の記憶というのは過ぎた後では単なる記憶で実感がなく、「本当にそんなことがあったか」と疑ってしまうことがある。
この文章もすでに書き始めのほうは本当に僕が書いたものなのか疑わしい。

1秒前の僕は今の僕とは他人であるのかもしれない。(そもそも存在したのだろうか)
では今の僕は1秒後にどこへ行くのか。
あまり離散的に考えるのはよくないのかもしれないけど、今僕の食べているクッキーの味も、「今」感じているのか、それともコンマ1秒前の味の記憶を思い出し続けているのか。

何が言いたいのかまとまらなくなってきたけど、寝不足の頭で「今」考えている(この時点ですでに本当に僕の考えた事だという確証はないが)くだらないことを記録しておこう。

眠いから寝る。

慣れってすごいな。
みんな当たり前のように車とか運転してるけど、本当はめちゃめちゃ危険な状況に身を置いてるはずなんだけどなあ。

昨日のTVで爆笑問題の太田さんが同じようなことを言ってたな。
「”世界中に核兵器がある”ってことにみんな慣れてしまって当たり前のように感じてるけど、そうなる前の”怖いなあ”と感じたことの方が本当じゃないのか」
って。

僕は人一倍臆病なので、いつも死ぬ事を考える。別に「明日死ぬつもりで今日を生きる」みたいなかっこいい事じゃなくて、ただ単に「死ぬの怖い」と。
「人はいずれ死ぬ。当たり前だ」なんてとても思えない。死ぬのなんて怖いにきまってんだろ!!!

そんな僕は今自動車学校に通っている。だいぶ車の運転にも慣れてきた。
僕の脳も人並みの働きをするようだ。慣れってすごい。

おでん

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いやあ・・・暑い
もう昼間の風はファンヒーターかと思うほど。
そんななかで、なぜコンビニでおでんが売ってるんだ。先走りすぎだろう。

と思っていたら、いまTVでその理由を知った。
例年8月をピークに気温が下がっていくので、というのが理由らしい。
「もしその日の気温が32度でも、前日の気温が37度なら、かなり気温が下がったと感じ」て、おでんが売れるとのこと。人間って馬鹿。

口内炎が治った。
というかいつの間にか治っていた。

まあ、「あ!今!たった今治った!」てのも気持ち悪いけど・・・
寝てるうちに治ったのかな。

しかし今やもうあの痛みは完全に忘れてしまった。
朝昼晩と3時のおやつ、食事の時にはいつもその存在感を遺憾なく発揮していたあいつはもういない。
ともあれ苦痛(いや、苦痛って程じゃないけど・・・)というのはやはりそれを味わっているうちにしか感じられないものである。

「人生は一度しかない。」
こんな残酷な言葉はない。

有頂天のKERAさんが昔、「やりたいことのためにガマンして やりたくないことをやるなら、プラマイゼロじゃないか。」という事を言ったらしい。

ああ、そうだ。そうなんだよ。でも、やりたい事だけをして暮らす人生ってのは、相当に難しい。
やっぱり好きなことをするためには我慢が必要な場面もあるだろう。
だから僕の人生論はこうだ。


苦労して金を稼ぐことも、将来のために努力するのも生きるため、楽しむための、プラスのためのマイナス。

プラマイゼロがスタートで、人生は、それ以外にいかに「無駄な」事をしたかだ。
無駄な事というのは、つまり引き換えになるものがないということだ。
それはそれ。独立に存在するプラス。
無駄に楽しければいいじゃないか。

たくさん無駄なことをしよう。この文章も無駄な文章だね。

プロフィール

             

平田澱
Hirata Yodom

妄想絵描き。
旧名「堕澱」
好きな物は氷砂糖。
欲しい物は人体模型。

活動予定

「幻想のNightmare」展

開催期間:2010年7月28日(水)~ 8月2日(月)
時間:11:00~19:00(初日 12:00 から、最終日 17:00 まで)
会場:ミレージャギャラリー
東京都中央区銀座2-10-5 オオイビル4階
http://www.mireyagallery.com

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